冬菜かしこの「小学生、中学生と遊んでみたり、学んでみたり」の日々

二人娘と一緒に遊んで、学んで、楽しんでいるアラフィフ小学生ママの記録です。

難しいお年頃

こんにちは、冬菜かしこです。

今日は朝から少し寒い一日で、電気ストーブの出番となりました。

 

今月の1日に実家の母が交通事故でけがをして、

二週間ほど入院していました。

そうなると父が一人暮らしになるものの、認知症なので一人では何もできず、

兄は県外に住んでいるため、

妹と私とで父のお世話をしていました。

 

最初は「大丈夫、大丈夫」とたかをくくっていた妹でしたが、

4日、5日とワンオペ介護が続くと、

さすがに精神的にまいってきて、

「もう、無理!」と言い始めました。

「それでは、私が」といきよいよく実家の父のお世話をし始めたものの、

私の気持ちよりむしろ、娘たちの方がまいってしまい、

「お母さん、おばあちゃんち、行かないで!家にいて!」

と大号泣されてしまいました。

 

姉妹喧嘩が激しくおこなわれ、

長女は小学校に行きたくないと言い始め、

次女は長女にたたかれて大号泣で、

しっちゃかめっちゃかな状態となり、

「もう、無理っ!」と私が判断して、

県外の兄に泣きついて実家のお世話をお願いしました。

 

今まで、こんなにも、ママがいなくては駄目だとは、

思っていなかったのです。

6月の私自身の入院の時も、

10月の実家の母の入院の最初の一週間の時も、

それほどのぐずりはなかったように思うのです。

では、一体どうしたというのいうのか、

と考えてみるに、

やはり「一週間が限度」ということなのだろうと、

考えるに至りました。

「火事場の馬鹿力」はそんなに続かない、

ということなのでしょう。

二人娘の忍耐力に甘えていたのかもしれませんね。

 

ひとまず先週頭に母が退院して実家に戻ったので、

妹も少し緊張がやわらいで、

また実家のお世話にいってくれることとなりました。

兄も有休を使って何度か実家に行って、

お世話をしてくれています。

私は事情を説明し、しばらくは実家に行かず、

休日を利用して、二人娘と主人とで実家に行く、

というスタイルにしようと思っています。

 

以前。

「ママが仕事に行った方がいい?

美味しいもの食べたり、旅行に行ったりできるようになるよ。

それとも、今まで通り、家にいた方がいい?

今まで通り、節約生活になるけど」

と質問したことがあります。

二人の答えは一緒でした。

「ママ、お仕事行かないで。ずっと家にいて」

それからはもう質問はしないで、

節約ながらも、ずっと専業主婦として、

家にいて、小学校のボランティアに精を出しています。

 

赤ちゃん時代には、赤ちゃん時代の悩みがあり、

幼稚園時代には、幼稚園時代の悩みがあり、

小学校時代には、小学校時代の悩みがあり、

それぞれいつの時代にも、

やはり悩みは尽きないのだなと痛感します。

自分の思うように生きていくことができた若いころと違い、

すべてではないものの、

多くの事が自分以外の人のお世話で埋め尽くされていきます。

 

小学生の二人娘の生活と、

主人と私の双方の親の介護の事も考えなくてはいけません。

主人自身も先月実母を亡くしたばかりで、

それも気遣ってあげなくてはいけません。

私自身も6月に腰痛で入院して、

今も無理は出来ない状態です。

毎日いろいろなお世話をして、

精神的に忙しいし、

「うわーーー、大変ーーー!」という気持ちの時もあります。

時に、誰かに代わってほしくなる時もあります。

 

でも周りを見回しても、

変わってくれそうな人などいるわけもなく、

ただただ自分が倒れてしまわないように気を付けながら、

生活していくしかなさそうです。

 

晩婚。晩産。それは分かっていたこと。

それでも親の介護まで出てくると、

思わず、「もう、いっぱいですっ!」とめげてしまいそうになります。

朝二人娘が喧嘩したり、長女が「学校行きたくない」と言えば、

泣きたくなってしまいます。

「昨日までご機嫌で登校していたのに。

今日は、なぜ?」

意味が分かりません。

 

小5と小3の二人娘。

お互いに張り合ったり、お互いに励まし合ったり。

喧嘩したり、仲良くしたり。

ママは良く、分かりません。

小学生って、もっと単純に生きていたように思うのですが、

どうしてこんなに複雑に、

毎日忙しく過ごしているのか、理解に苦しみます。

たぶん。

難しいお年頃なのですね。

 

ここ数日で朝が寒くなり、

朝が苦手な長女はいよいよ、朝の準備ができにくくなり、

登校班の集合時間に間に合わせづらくなり、

「登校班、いや」といっていて、ため息がでます。

だから今朝は、仕方なく私が付き添って、

小学校の門まで送りました。

いつまで、こんなことが続くのか、

ちょっと憂鬱です。

それでも、これからも「ママ業」は続いていくので、

やっていくしかないのでしょう。

 

どうしたら、いいのかな。

解決策は、ないのかな。

完璧な答えなど分からないけれど、

ぼちぼちやっていこうかなと思っています。

 

あと10年もすれば、

「あの時は、難しいお年頃だったよね」

と笑い話になっているのでしょうから。

 

実際、10年前の赤ちゃん時代のことも、

「あの時は、夜も寝られなかったよね」

と、今は笑い話になっているのですから。

 

いつか笑えるその時まで、

ぼちぼち歩いていこうと思います。

困難が多いほど、笑える話も多くなるだろうなと、

そんな風に思っているのです。

 

明日も楽しい一日になりますように☆